白内障手術のときに眼内に挿入される「眼内レンズ」は単焦点レンズと多焦点レンズに大別されます。
単焦点レンズとはその名の通り「焦点(ピントの合う距離)」が1か所のレンズであり、術後は老眼の状態が残りますので眼鏡の装用が必要となります。
例えば遠距離にピントを合わせるように単焦点レンズを選択された方は、遠くを見るときや運転の時は裸眼でよく見えますが、新聞を読んだりスマートフォンを見たりするときには老眼鏡の装用が必要です。逆に手元にピントを合わせるように単焦点レンズを選択された方は運転の時に眼鏡装用が必須となります。
どちらにしても日常生活での眼鏡への依存度が高いことがデメリットですが、メリットももちろんあります。
単焦点レンズでは焦点距離の光が網膜まで100%届くため、綺麗で鮮やかでクリアな視界が得られます。また手術費用が全額保険適用となるため自己負担額が大きく抑えられます。
※遠方:5m以上の距離 近方:30cmや50cmの距離
一方、多焦点レンズでは「焦点」が「多数」あるのが特徴で、現在多く使用される「3焦点レンズ」や「連続焦点レンズ」では遠方から手元まで眼鏡装用なしで良好な視力を得ることができるため、日常生活での眼鏡依存度がとても低くなります。料理をしながらテレビや時計をみたり、カーナビを確認しながら運転したり、会議中にスクリーンを見ながら書類を確認したり、遠方も近方も裸眼で見ることができるととても便利になります。これが多焦点レンズを選択される際の大きなメリットです。
現在ではスマートフォンを始めとした電子機器の急速普及により、遠くから手元まで「裸眼で」見えることが求められており、多焦点レンズの需要は大きく上がっています。
ただしデメリットや注意点もいくつかあります。
注意点1.
まず費用が高いこと。多焦点レンズでは眼内レンズ費用が自費負担になり、3焦点レンズではおおよそ25万以上(片眼)かかります。ものによっては、手術費用や術後経過観察費用まで全て自費負担(保険適応外)となるものもございます。
注意点2.
単焦点レンズに比べると鮮やかさがやや落ちますし、夕暮れ時の薄暗くなってきた時間帯に見づらさを感じたり、夜間には信号や自動車のヘッドライト・テールランプなどの光源がにじんで見える「グレア・ハロー・スターバースト」といった不快現象が出てしまいます。術後、徐々に慣れてくると言われますが、カメラマンやデザイナーなど職業柄クリアな視界が必要な方、見え方に神経質な方には多焦点レンズはおすすめできません。
単焦点レンズの見え方(遠方重視):手元はぼやけるがコントラストが良い
多焦点レンズの見え方:遠方から手元までピントが合っている。若干コントラストが落ちる。
グレア・ハローのイメージ
注意点3.
手元まで見えるとは言っても良くて30cm程度までで、新聞を読むのに困らない程度です。概ねの場合、そこまでで十分なのですが、細かい作業を生業としている方、例えば職人さんや歯科医の先生にもおすすめできません。また、これまで近視が強めで手元20cmくらいが裸眼で綺麗に見えていた方は、手元に限っては見え方の質が落ちることになりますのでご注意ください。
注意点4.
比較的ご高齢の方には向きません。多焦点レンズを使いこなすためには、多焦点レンズが見せてくれる視界に脳を順応させなければなりません。
これまでは遠くを見るときも近くを見るときも、脳が指令を出して眼が言うことを聞く、という上下関係でしたが、多焦点レンズは人工物ですので脳の指令を聞いてくれません。レンズがあらかじめ振り分けているピントに脳を合わせてあげる訓練が必要になりますので、脳の順応力が衰えてきてしまっていると「せっかく多焦点レンズを入れたのに遠くも近くも全然見えない」ということが実際に起こってしまいます。私の経験上、70歳以上の患者様はご注意ください。もちろん個人差がございますので診察時にご相談ください。
以上が多焦点レンズを選択する際に注意するべきことです。テレビや洗濯機とは違って、「高いから性能が良い」というわけでは必ずしもありません。
裸眼で日常生活がおくれることはとても大きなメリットですし、多焦点レンズを選択される患者様の割合も徐々に増えてきております。しかし同時にいくつかデメリットもありますので、当院ではメリットもデメリットも充分にご承知いただいてからご相談の上で施術させていただいております。
取扱い多焦点レンズ
Santen Lentis comfort 保険診療
本邦で唯一、保険が適用される多焦点レンズ。分節型2焦点レンズで、遠方から70cm程度まで焦点がある。ただし、やはり単焦点レンズよりはややグレアが出る印象。稀に光源がダブって見えてしまう現象が出ることもある。
Alcon Clareon PanOptix 選定療養
3焦点眼内レンズで、遠方・中間・近方にそれぞれ焦点をもつ。グレア・ハローが比較的抑えられており自然な見え方に近く、総合力が高い。その性能が評価され、2021年 Prix Galien賞を受賞した。(※Prix Galien賞:バイオ医薬品研究領域でのノーベル賞に相当するといわれている由緒ある賞)
自然な見え方を期待する方におすすめ。
唯一の欠点は手元がやや弱いこと。35cm~40cm程度までの焦点距離のため新聞やスマホはやや離した距離で。小柄な方は注意。
AMO TECNIS Synergy 選定療養
連続焦点型といわれる多焦点レンズ。遠方から近方までの連続して良好な視力を提供する。特にコントラスト低下が極力抑えられた鮮やかな視界が特徴で、近方も30cmまで焦点距離があり手元にも強い。
デメリットは光不快現象のグレア・ハロー・スターバーストが強くでること。夜間に運転される方は注意だが、光のにじみが気にならない方はおすすめ。
HANITA Intensity 自由診療
世界初の5焦点レンズ。遠・遠中・中・中近・近の5か所に焦点を合わせることができる。また、光の屈折を最適化することで眼内レンズによる「光学的ロス(網膜まで届かない光)」を5%程度まで極力抑えているため、より明るく自然な見え方を提供する。
「いちばん良いレンズを入れて欲しい」という方はこちらがおすすめ。
デメリットは全く保険がきかないこと。レンズ費用、手術費用、術後診察費用など、手術にまつわる全てが自費負担となります。
※医療費控除の対象になります。各領収書は失くさずに保管してください。